旅の記憶と音楽の固執
今から十数年も前、仕事=出張で私は初めて北海道の地を踏んだ。
その時の仕事はやや長期に渡ったため、札幌にアパートを借り、夏の間を暮らすことになった。
今とは異なり、単身の出張生活に持って行ける音楽は限られ、メディアもCD-ROMの時代(mp3などと言ったものは存在しなかったし、そもそもその時の仕事の必要で持って行ったコンピュータも486、言語はN88 BASIC…)だ。滞在中に買い増しはしたものの、家からは約20枚程度のCDを持って行った。出力装置はポータブルのCDプレーヤーのみだ。
仕事の合間をみて私は、細切れな道内の旅をした。起点は札幌。
そして旅のお供に欠かせなかったのが音楽だった。
その時々に聞いた音楽は、旅のイメージ・記憶と重なっている。
函館行にはSpiral Life、積丹半島へは中島みゆき(実は小樽で買った)、根室行、特に釧路から先はイーグルス。
車窓からの風景の記憶には常にそれらのBGMがついて回るし、また逆にそれらの音楽を聞くとその時の風景が記憶に蘇る。
先日久しぶりに仕事で北海道に行き、千歳から東室蘭まで電車に乗ることになった。沼ノ端や苫小牧あたりまでの風景を見ていると懐かしくもあったが、十数年前にその風景を眺めながら聞いていたSpiral Lifeを想起することは無かった。Spiral LifeのFlourishを聞くと今でもあの頃・あの時の風景を思い出すのに。
年々歳々人不同、か。
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